更新休止にあたり


 日本サッカー界にとって、大きな目標であり節目でもあった2002年が終わりました。
 日本代表は2002年の日韓共催のワールドカップにおいて、グループリーグを1位で通過し、ベスト16に進みました。トルコには敗れたものの、決して恥ずべき結果ではなく、胸を張れる結果だと思 います。
 4年前、苦しんで苦しんで手にいれたW杯本大会で3戦全敗という結果に終わった日本。その時に、盛んに叫ばれた「経験」という言葉の意味を、ようやく今回の大会で理解することが出来た気がします。

 このホームページが出来たのは、1997年の3月。当時は加茂周監督率いる日本代表が初のW杯出場を目指して、アジアでの戦いの真っ最中でした。更にその4年前には、オフト監督率いる日本代表がカタールのドーハで、アメリカW杯アジア最終予選に臨みロスタイムで涙を飲むという「ドーハの悲劇」がありました。
 このことで、日本にとってW杯出場は名実共に悲願となり、フランスW杯には日本サッカーに関わる全ての人間が一丸となって、この困難を乗り切ろうという気運が立ちこめていました。
 そんな中、学生だった私は、日本代表についてもっと詳しく知りたいという思いから、インターネットを始めました。しかし、その当時はそういったサイトはまだ存在せず、そのことが逆に自分に知りたいという欲求を増進させました。そのことが、このホームページ創設のきっかけです。
 以来、実に5年もの月日が経ちました。日本サッカーは大きく発展しました。
 このホームページでは扱っていませんがワールドユースの準優勝、シドニー五輪ベスト8、アジアカップ優勝、コンフェデレーションズカップ準優勝、そして日韓共催のW杯でベスト16。97年当時からは考えられないほどの成績です。

 インターネット上においても、サッカーサイトの多いに発展し、試合速報や詳細なレポート・記録を掲載する大きな専門サイトが次々に立ち上がりました。
 このサイトは「一サッカーファンの素人がマイペースで作るホームページ」というスタンスで、これまでやってきました。しかし、その内容に関しては専門サイトにはとても適いません。何より、正確な情報が簡単に手にはいるようになった現在の状況においては、このホームページの存在意義も薄れてしまいました。

 個人的な話になりますが、私も昨年就職して社会人となり、これまでのように試合を観戦したり、こうしてホームページを更新する時間が著しく減ってしまいました。更新できたとしても、試合を生で観戦した訳でもなく、かなり遅れてビデオを見たりして更新するという状況では、「今」をきちんと記録したとは言えません。惰性で更新し、自分の納得いかないものを掲載するような真似はできません。わざわざ来て下さっている方にも失礼です。

 そのためそういった理由から、更新を休止する決意をしました。

 ただし、ホームページ自身は閉鎖するつもりはありません。このホームページは、日本代表の足跡であると同時に、日本代表を見守り応援してきた皆さんの「今」が刻み込まれているからです。そして、今はこうして世界に出ても互角に戦える日本代表がどのように育っていったのか、そこで戦い続けてきた大勢の選手達、その存在をこれから先、サッカーを好きになる人達にも知って欲しいと思っています。かつての自分がそうだったように。ですから、ここは資料館のような形で、たまにでも見にきてもらえれば嬉しいです。
 1人の素人サッカーファンの作ったホームページが、30万以上のアクセスをもらい、フランスW杯、日韓共催のW杯と2大会連続で、日本での大会公式の出版物にも紹介して頂く名誉にもあずかりました。97年のアジア最終予選の3位決定戦のイラン戦では、日本代表を応援するホームページの第速報のお手伝いをさせて頂き、感動を皆さんと一緒に分かち合いました。
 それ以外の時でも、ホームページを見た方から、何度も感想や意見のメールをいただきました。
 十分ではありませんが、少しでも日本サッカーを盛り上げることに貢献できたかなとも思っています。
 私自身も、このホームページを通じ、様々な出会いや経験をすることが出来ました。私自身もおかしな話かもしれませんが、このホームページには感謝しています。
 私も日本人である以上、日本代表を応援する気持ちは変わりません。ジーコジャパンとして新たな船出を迎えた日本代表。この先も、その戦いを見守り続けたいと思います。そこに、自分達の「今」がある限り。


ここに来て下さった皆さん全員に、心から感謝します。どうかこれからもよろしくお願い致します。一緒に日本代表を見守っていきましょう。

今まで本当にありがとうございました。

2003年1月  サッカー日本代表の軌跡・制作者 アッキー



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