
左の布陣が96年2月のオーストラリア遠征、そして、その後香港で行われたカールスバーグカップ’96の時の布陣です
●この時期は、年明け初の代表の試合ということで、加茂監督は多くの選手を出場させ、動きのチェックをしています。システムは前回と同様、4-4-2の形をとりました。
●FWには待望の高木が復帰し、加茂ジャパン初出場を果たしました。高木は持ち前のポストプレーと競り合いの強さをみせ、この時期4ゴールと負傷を感じさせないどころか、負傷前よりもキレがいいのでは、と思う程の活躍を見せました。
●また、この時初めて、山口(素)、本田、森保の3人のボランチが揃い、加茂監督はこの3人のなかから、2人をドイスボランチとして起用し、どの組み合わせが一番いいかをチェックしました。守備力の面からみると、山口(素)、本田の組み合わせが安定しているような感じでした。
●また、サイドバックは左に相馬、右に柳本が定着していましたが、加茂監督は沢田、鈴木(正)、中村の3人をそれぞれテストしました。しかし、中村は負傷退場、沢田、鈴木(正)の2人は積極的な攻撃参加は見られたものの、攻め上がりのタイミングや守備面でやや不安を残しました。
●またセンターバックは、今までずっと代表の中心だった柱谷がコンディション不良という理由から、約8年目にして初めて代表から漏れ、井原と小村のコンビが守りました。
●この時の試合では、第1戦のオーストラリア戦は代表復帰の高木が、2得点を決める活躍で勝利しましたが、2戦目では素早いパスワークを意識してきたオーストラリアの前に惨敗。それでも、何とか立て直しを計った、カールスバーグカップの第1戦はショートパスを回すポーランドを相手に、プレスがうまく掛かり、5得点を上げ、実に25年振りに欧州の国から勝利を上げました。決勝のスウェーデン戦は、ハイボールを多用してくる相手にプレスが思うように掛からず、先制ゴールを許し、苦戦を強いられました。しかし、後半、途中交代で入った森島が得意のドリブルで右サイどにポイントをつくるようになると、徐々に日本全体の動きが良くなり小村の同点ゴールが生まれました。結局はPK戦で敗れ、優勝は逃したものの実質スウェーデンとは2回目の引き分けとなり、選手達の自信につながりました。

左の布陣がキリンカップ’96の時の布陣です。
●FWの高木がこのときは負傷で外れ、代わってヘッドの強い長谷川(祥)が、代表復帰し入っています。どちらかというと、やや下がり気味のポジションに入りボールをつなぐ場面が多く、持ち前のヘディングを使う場面はあまりありませんでした。
●MFでは、ボランチの位置で土橋がテストされ、国際Aマッチ初出場を果たし無難な出来を見せていました。
●この時の試合は、ユーゴスラビア、メキシコ、ともにほぼベストのメンバーを揃えていたので、戦前の予想は日本不利でした。しかし、蓋を開けてみるとユーゴスラビア戦はカズのゴールで上げた1点を守りきり勝利、続くメキシコ戦も2点を先制されながら、3点とって逆転という自力の強さを見せ、去年に続いてキリンカップ を飾りました。

左が8月〜10月にかけての日本での親善試合での日本の布陣です。
●この時期、アトランタオリンピックが終了し日本五輪代表から何人かの選手が、A代表に昇格してきました。
●加茂監督はそれを踏まえこの頃から、レギュラーメンバーをしぼり、それとは別にバックアップのメンバーの若い選手を積極的にテストしました。
●MFには五輪代表だった前園が復帰し、それに伴い名波がボランチの位置に下がりました。これで、攻撃力に厚みが増すかと期待されましたが、やや連携の面でいまいちな印象がありました。
●左サイドには、やはり五輪代表だった路木、服部を試しています。2人とも国際Aマッチ初出場ながら、及第点の働きを見せました。またFW城も、久々にAマッチに出場しています。
●また、五輪代表以外でも、MFの酒井、DFの斉藤の若い2人が試されました。斉藤は数少ない、センターバックの控えとして十分な動きを見せました。
●この頃、日本は連勝を続け好調かに見えました。しかし、若手中心だったウルグアイ戦の5得点はともかく、ウズベキスタン、チュニジア戦は決定的チャンスを活かせず、共に1-0の勝利でした。キリンカップの時期に較べ、日本のパスの正確性がいまいちな気がしました。

左の布陣が、UAEで行われた第11回アジアカップの際の日本の布陣です。
●メンバー的には、大きな変化はなく、それまでの親善試合での流れをそのまま持ち込んでいます。
●ただ、前園の位置が流動的で定まらず、それに伴い名波がボランチをやるのか、攻撃的な位置に入るのか、森島は右に入るのかどうかなど、選手の動きの役割がはっきりしない場面があり、加茂監督の采配に疑問がもたれました。
●この大会、ディフェンディングチャンピオンとしてのぞんだ日本は、初戦のシリア戦、セットプレーからいきなり失点を許すと、ゴール前を固めたシリアに対し、攻め込むものの最後までいけず何とか、高木の頭にひたすら合わせる戦い方で、なんとかシリアのオウンゴールを呼び、その後、高木の得点で辛くも勝つという出だしでした。2戦目のウズベキスタン戦は、相手にプレスが面白いようにかかり4得点で快勝、次の中国戦も互いに引き分け狙いの消極的な試合でしたが、最後日本は相馬のゴールで勝利。予選リーグ3戦全勝で突破しました。
●しかし、準々決勝の、クウェート戦、クウェートは日本に対し、徹底的なマンマークをしてきて日本はパスがつながらず、守備の連携ミスから2失点を喫し、敗退。大会二連破はなりませんでした。このことで、何よりも痛かったのは中東の強国、サウジアラビア、イラン、といったチームと真剣勝負の試合ができずに終わってしまったことでした。
●敗戦の原因についてマスコミからは、若手の経験不足、精神力の欠如といった声があげられました。日本にとっては、フランスW杯の予選を翌年に控え不安な96年の終わり方になってしまいました。