横山ジャパンの布陣3


1990年

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ダイナスティカップ’90(7月)

90年北京アジア大会(9〜10月)

下に描いた布陣の図はあくまでおおまかなものです。
実際の試合とは、選手交代やポジションなどが、若干異なる場合があります。





ダイナスティカップ’90(7月)



日本  0―2  韓国

日本  0―1  中国

 日本  0―1  北朝鮮



ダイナスティカップ’90布陣  左の布陣が、北京で開かれた第1回ダイナスティカップの際の日本の布陣です。

●この試合では、永島、反町、中山、菊原、福田といった攻撃陣の若い選手が、A代表として国際Aマッチにデビューしています。

●中山も、前の黒崎と同様に、代表としては88年のアジアカップに出場していますが、実質フル代表としてはこの時が、初めてでした。

●DF陣では、阪倉がこのとき国際Aマッチ初出場でした。

●また、この大会では、本来はFWの福田が、横山監督に足の速さを買われて、右ウイングバックにコンバートされました。

●この大会で日本は、極東の3ヵ国を相手に1点もとる事ができず、3戦全敗という結果に終わってしまいました。しかし、両ウイングバックのサイドからのえぐりが徐々に機能するようになり、中盤では若い菊原が、いいプレーを見せていたのが収穫といえば収穫でした。





90年北京アジア大会(9〜10月)



     日本  3―0  バングラデシュ
(柱谷、長谷川)       

     日本  0―2  サウジアラビア

 日本  0―1  イラン


北京アジア大会布陣  左の布陣が北京で開かれた、90年アジア大会の際の日本の布陣です。

●この大会では、ブラジル帰りのカズ、日本に帰化したラモスが初めて代表に選ばれました。

●ダイナスティカップでは全敗だったものの、内容的には決して悪いものではなかったし、カズ、ラモス、菊原といった攻撃陣が強力なことから、横山監督は「メキシコ五輪よりも、もっといい色のメダルを」と意気込んでいました。

●しかし、実際の試合となると日本は、相手のプレッシャーの前に、パスがうまくつながりませんでした。緒戦では格下のバングラデシュには勝利するものの、続くサウジアラビ戦に敗れ、それでもなんとか進んだベスト8でも、この大会で優勝するイランに敗れ、結果を残せませんでした。

●これを期に、代表監督の強化委員長兼任に批判が集まり、横山監督は強化委員長のポストを川淵三郎に譲ることで、引き続き代表を指揮する事になりました。




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